ぱろクマblog

2021年3月より夫の海外赴任に帯同してベトナム、ハノイで生活しています。

ベトナムで子宮外妊娠④~入院から手術まで

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こんにちは、ぱろです。

ベトナムハノイで子宮外妊娠を経験した時のお話その4です。

今回は2回目診察時に子宮外妊娠が確定し、入院から手術を受けるまでの記事です。

前回の記事はこちら

parokumablog.hatenablog.com

術後一か月で書き始めたこの一連の記事。投稿の期間は短いですが、なかなか筆が進まず記事と記事の間がだいぶ期間が空いてしまっています。だいぶあやふやなところも出てきていますが、ご容赦ください。

また、時系列であったこと、思ったことを書いているので読みにくいと思いますがよろしければお付き合いください。

 

 

診察を待つ間

2回目の検診で急遽入院することになり、すぐにくまさんが病院にきてくれました。

血液検査の結果が出るまで二人で待っていたのですが、くまさんの顔を見たらまた涙が出てきて泣いてしまいました。お昼時で待合室には誰もいなくてよかったです。ほかの時間帯はおなかの大きい妊婦さんが多いので、なるべく泣いてるところは見られたくありませんでした。待合室には大きいテレビがあって授乳についての動画が延々とループで流れているのですが、気持ちを落ち着かせてる間その動画をぼぉっとみていたのを思い出します。

治療については、再発の可能性が高いのであれば手術してとったほうがいいんじゃないかと、くまさんを待っている間に考えていたのでそのことをくまさんに伝えました。くまさんも、医療相談の先生が切除のほうが回復が早いと言っていたので、そのほうがいいかなという雰囲気だったかな。ちょっと記憶があいまいですが、ある程度二人とも手術するという方向へ向いていたとおもいます。

くまさんから、親に連絡をと言われていたのですが中々する勇気が出ず…説明する間に泣いてしまうだろうからとメールで連絡をしました。既読になったらすぐわかるのですが、携帯を携帯しない父親と仕事中の母…中々既読になりません。そのうち既読になるだろうと、しばらく放置。くまさんのほうの実家には落ち着いてから連絡をということに。

入院前の診察

血液検査の結果は2時ごろにわかり、HCGは前回HCG955だったのがHCG5619まであがっていました。エコーではサイズが小さかったようですがちゃんと育ってはいたんだなぁと悲しかったです。

その後しばらく待った後2人で診察室へ行き、どういう状況なのかをまた一から説明してもらうことになりました。くまさんがいてくれたおかげで、治療内容や回復後の妊娠について等も2人で聞くことができ、話はある程度くまさんが質問して先生にこたえてもらうという形にだったので気持ち的にすごく楽で、安心もできました。

治療内容について詳しい話を聞く際には、執刀医の先生(後で聞いた話だとイタリア人かフランス人の男性医師)が来てくださって英語で説明してくれました。

その時ちょっとびっくりしたのですが、執刀医が入ってきてすぐにベトナム人女医さんとフランス語でやり取りをしていたのです。フランス系の病院だから当然と言えば当然なのかもしれないですが、英語でもベトナム語でもなくフランス語なのか!とちょっと衝撃でした。

執刀医⇔女医(仏語)、女医⇔通訳(ベトナム語)、通訳⇔私たち(日本語)というちょっとカオスなことに笑。執刀医の先生が英語のほうがスムーズだろうということで、どういう手術になるかは英語での説明になりました。通訳さんの日本語はもちろんちゃんとわかりやすく説明してくれるので、通訳を通してでも問題はもちろんないのですが、執刀医の先生から直接英語で説明してくれたほうが自分で直接理解できたのでそれも安心感につながりました。

執刀医の先生は再度、選べる治療法について(卵管切除か薬物療法)、それぞれの治療期間やリスクについて詳しく説明してくれました。割とフランクな先生で、手術だったら今日やって明日帰れるよ!どうする?というくらいの感じ。診察室に来てからも2人で本当に手術でいいのか、話し合いましたがやはり手術をすることに決めました

手術の内容について

先生は腹腔鏡手術で3か所くらいおなかに穴をあけること、時間も1時間以内に終わるし難しい手術じゃないから安心して。というお話で、卵管の状態がよければ着床部分だけ切り取って卵管自体は残すこともできると言ってくれました。ただ、残したとしても(おそらく癒着とかの問題?)で子宮外妊娠が再発する可能性はあるという話でした。

手術にするかどうか、卵管が残せたら残したほうがいいのではないか?本当にものすごく悩みました。考える時間は2時間くらいしかなかったですし、今も本当にこの決断でよかったのかはわかりません。ただ、その時は再発のリスクを選ぶほうが今後辛いと思い手術に踏み切り、卵管は残せる状態だったとしても切除することに決めました。

先生は自分の身内も子宮外妊娠をして卵管切除後、数年後に自然妊娠できたと安心させるために話してくれたのだと思うのですが、その時は「そんなに後にならないと妊娠できないの…?」とぼんやり思いました。

手術はその日の5時ごろにはできるそうで、その間に必要な診察や検査を終わらせることに。入院自体は1日の予定で、長くても2日ということでした。先生のお話が終わると必要書類へのサイン祭…!ベトナムへの入国準備でいろんな書類にサインをしたのを思い出しました。苦笑

入院手続き

診察後には少し待ち時間があり、その時点でだいたい3時くらい。この時点でも親に手術になることを連絡をしたのですが、全く既読にならず…さすがに手術前には一度連絡を取らないとと焦り始めました。

そのほか、待ち時間の間にあったのは恐怖のお会計タイムでした。最終的な金額は、初診料金から合わせて別途まとめたいと思いますが、いろんな意味で血の気が引く金額…。(今書いている時点で振り返りたくなくてそっとしています…)後でちゃんとまとめます…涙)

このころにはベトナム口座はできていましたが、まだ出来立てで残高が不安だったので手持ちのクレジットカードも利用して支払いをしました。そのあたりは会計の人がうまく金額を分けてカードを切ってくれます。

くまさんがお会計や保険のあれこれをしてくれている間に、私は術前の検査に向かいました。アレルギーの有無についてや血液型、基礎疾患などについての問診や血圧を測ったりあれやこれやしました。ここでも、診察室とは別の書類にサインをいくつかしました。身長と体重、血液型は自己申告制だったのですが、血液型のRH±については把握していなかったため検査が必要に。また、どのタイミングでしたのか覚えていないのですが入院に必要なPCR検査(クイックテスト?)もして、無事陰性でした。

親のほうは診察の間にどうにか既読になり、一安心。妊娠の話は心拍確認までしないつもりだったので、前日まで普通のやり取りしていたのに急な手術報告になってしまい申し訳なかったです。

手術の準備

諸々の診察が終わった後に4階に行くと、そのまま診察するエリアとは別の入院エリアに連れていかれました。この時4時くらい

通された部屋は、会計時には2人部屋の料金でしたが、1人部屋にしてくれていました。

看護師さんから、アクセサリーを全部外してシャワーを浴びて待っているように言われましたが、部屋にはバスルーム以外に鍵がなく、荷物を置けるような場所が中にはありませんでした。貴重品があるので夫に荷物を預けたいと看護師さんに伝えたところ、すぐ戻ってきてね!と言われ急いで待合スペースに戻りました。

ところがくまさんがいません!「え?!」とおもいましたが受付の人に聞くとどうやら入院エリアに入るためのPCR検査をしているようでした。通訳さんからもあとからくるのでといわれて一安心。とりあえず部屋に戻ってなるはやでシャワーを浴びることにしました。その前に、こんな時ですがブログにあとでアップしようと思い部屋を撮影したり備品を撮影したりとうろちょろ。

お部屋の写真はこちら。

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ベッドの向かいには洗面台?

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クローゼットには入院着?と紙おむつなどの使い捨て用品、タオル等

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入口入ってすぐのところにトイレとシャワーブース

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体を洗うように言われた洗剤はイソジン系の消毒液が泡立つ、というような不思議なもので首から下をよく洗ってから病院着に着替えました。(トイレはさすがに鍵かけられたかな?でも部屋に鍵がないので落ち着かず、急いで入りました。)人生で初めて入院かつ手術するので日本のほうはよくわからないのですがめちゃくちゃ着にくい手術着?でした。

だぼだぼの浴衣を後ろで結ぶような感じなんですが、前身ごろにあたる部分がものすごくダボついてて、下着はつけないように言われていたので頑張って隠しましたが余った布がたわんで背中丸出し状態でした。

シャワーから出ると、かみそりとゴム手袋、使い捨ての下着が置いてあり、自分で剃るの…?と思いながら看護師さんを待つことに。

一通りの準備が終わったら、母親に電話で連絡をしました。幸いすぐ出てくれて少しだけ話をすることができました。実はこの月は母の誕生月で、妊娠がわかった時に母にサプライズプレゼントになるかなと少し楽しみにしていたのです。でもこんな報告になってしまい、やっぱり電話口ですぐ泣いてしまいました。

母は思ったよりも落ち着いていそうで、とにかく体の心配をしてくれました。看護師さんが来たので話もそぞろで途中で切ってしまったのですが、手術前にメールで少しやり取りもできました。父とは話せませんでしたが、きちんと電話をしてよかったなと思っています。

看護師さんが来たあと、ベッドに横になり何本か採血をされました。また、おなかを見られましたが手術位置の関係かわかりませんが剃毛はしませんでした。その他には血圧を測ったりアレルギーの確認、義歯などの確認がありました。そのあと鎮静剤を飲み、また待つことに。

入院エリアに来てから通訳さんはいなくなって看護師さんとずっと英語だったのですが、この義歯の確認がよくわからず…最初、治療した歯があるのかと聞かれているのかと思い答えていたのですがどうも違うよう…繰り返し聞いても何を言っているか全くわからず…。(滝汗)「どういうこと?」と何回か聞き返していたのですが、「fake teeth, removable teeth」と言われてようやくわかりました。「外せるものは何もないよ!」と答えたらようやく看護師さんも笑顔になって安心しました。

くまさんに部屋番号を連絡してくるのを待っている間、またうろうろ。今思うとじっとしていなさいと思うのですが、あんまり落ち着きがなかったように思います。

くまさんが来たあとは10分くらい、少しだけ二人の時間がありました。また泣いてしまったのですが、手術に対する不安などはあまり感じていませんでした。

2人で一息ついたと思ったら看護師さんが来て、ベッドに横になるように言われすぐに移動することに。「え、こんなにあっさり?」とくまさんとのお別れ?もあっという間に運び出されてしまいます。

 

日本での入院はしたことがないので比較ができないのですが、個室は思ったより快適そうな雰囲気で安心できました。

次回は手術編です。

 

ここまで読んでくださってありがとうございます。

それでは、ぱろでした。